客席十数席程度の小さなバール(喫茶店)。
カウンターにはバリスタの制服を着た少年と少女の姿がある。
燈志郎(以降燈):「ようこそ、お客さま。自分は当店でバリスタを勤めさせていただいております、矢淵燈志郎と申します。このたび刊行の運びとなりました『東京異界のバリスタ』にて主人公を演じさせていただいております」
フリッカ(以降フ):「同じく、ヒロインを演じてます、看板娘のフリッカです。姓は忘れちゃいました。なにせ、薄幸の美少女ですので!」
燈:「…………」
燈志郎は小さく舌打ちを漏らして肘でフリッカの脇腹を小突く。
フリッカはこれ見よがしな作り笑いを浮かべて無視する。
燈:「……えー、こちらの企画では、本編に登場する小道具などを紹介しつつ、あらすじなどをお話していくつもりです」
フ:「そして本書をたくさん買っていただきたいなあっていう企画です」
燈:「……フリッカ。頼むから黙っていてくれ」
フ:「燈志郎くん、音を上げるのが早すぎますよぉ。もうちょっとかまってくれてもいいと思いません?」
燈:「仕事中だと言ってるんだ!」
フ:「仕事中だからこそ振り向いてほしいというのが、乙女心じゃないですか?」
燈:「仕事に乙女心は必要ない」
フ:「しかしそんな私が看板娘としてお客さんを集めているという驚愕の事実がここに」
燈:「自分で言うな」
コホンと咳払いをしつつ、笑顔を取り繕う燈志郎。
燈:「失礼いたしました。今回紹介しますのは、本編でも店内で使用しております、コーヒーサイフォンです。みなさま、名前くらいはご存じかもしれませんが、馴染みのない方も多いかと思います」
フ:「私は普通に聞き覚えもありませんでしたけどね。なにせ、ファミコン時代のセーブデータのごとく、記憶が吹っ飛んでいますもので!」
燈:「嬉しそうに言うなよ。……いや、記憶喪失なのになぜファミコンなんてものを知っている?」
フ:「兄さんが、暇つぶしにと、遊ばせてくれたことがあります!」
燈:「……あの人、なにやってんの? 話が脱線しましたが、珈琲の入れ方にはドリップ式とサイフォン式があります。ドリップ式はご家庭でもおなじみの、ペーパーあるいは布のフィルタを通して湯を注ぐタイプのもの。サイフォン式はというと……フリッカ」
フ:「はぁい。こちらになります」
燈:「画像はハリオ社のミニサイフォンになります」
フ:「これってなんか怪しい科学者の実験道具みたいですよね」
燈:「失礼なことを言うな。……えー、こちらは上下にひとつずつガラスの容器がありまして、上の部分をロート、下の部分をフラスコと呼びます」
フ:「アルコールランプで沸騰させるんですよね」
燈:「その通り。下部のフラスコで湯を沸かし、上部のロートに珈琲豆を注いで珈琲を注入していきます。これのおもしろいところは、上から湯を注ぐのではなく、下から注ぐという点です」
フ:「実際、見てみないとなに言ってるかわかんないですけどね!」
燈:「この企画のコンセプトを否定するなよ。……では、実際に珈琲を入れてみましょう」
フ:「じゃあ、火を入れますねえ」
燈:「おっと、沸かす前にロートは外すか傾けるかしておきます。ロートにはフラスコに続く管があって、これはフラスコの温度が上がると湯が逆流してきてしまうんです」
フ:「はぁい、お湯が沸きましたあ」
燈;「では珈琲豆を入れたこのロートを、静かにフラスコへ挿し込みます」
しばらく待つと、フラスコの湯が独りでにロートへと登ってくる。
フ:「ふわ……。いつ見ても不思議ですねえ。なんで液体が上に登っていくんですか?」
燈:「空気というのは温めると膨張するんだ。ロートを差すとフラスコ内は密閉され、膨張した空気に押し出されたお湯が管を伝って噴き出す。だから逆流しているように見える。と、お湯が登り終わったら、ロートを攪拌して珈琲豆を馴染ませるんだ」
ロートの蓋を開け、マドラーで攪拌すると芳ばしい香りが店内に広がる。
燈:「この状態で三十秒ほど待ったら、火を消してフラスコに珈琲が落ちるのを待ちます。店によっては二度、三度と沸騰させて珈琲豆に浸すこともあるようですが、珈琲豆から味が出るのは大体三度までと言われております」
フ:「これって、眺めてても結構楽しいですよね」
燈:「そうなんだ。だからお客さんに見える位置にサイフォンを並べる店も多い」
フ:「じゃあ、見た目がいいから、お店じゃドリップ式じゃなくてサイフォン式を使うんですか?」
燈:「いいや。サイフォン式の一番の利点は、きちんと手順を踏めば誰が入れても同じ味で入れられるということなんだ」
フ:「私が入れても燈志郎くんが入れても、同じ味で作れるってことですか?」
燈:「そういうことだ」
フ:「ふふふ、でもお客さんは私が入れた方が嬉しそうですよ?」
燈:「はいはい。看板娘看板娘」
フ:「燈志郎くん、私のあしらい方が雑すぎません?」
じとっと睨んでくるフリッカを黙殺して、燈志郎はできあがった珈琲を注ぐ。
燈:「というわけで、こういった具合に営業しております。お客さまのご来店を心待ちにしております」
フ:「満足そうなところすみませんけど、本編の宣伝はどうするんですか?」
燈:「……あ」
フ:「ふふふ、では本編の解説は私、フリッカが担当させてもらいます!」
燈:「おかしなことは言わないでくれよ?」
フ:「ときは20XX年! 東京は魔法使いと呼ばれる荒くれ者が馬鹿のひとつ覚えのように殴り合う無法地帯と化していました!」
燈:「いや、魔法使いなんだから魔法をだな……」
フ:「そんな魔法使いに命を狙われる、か弱く可憐な薄幸の美少女フリッカ!」
燈:「か弱い……? 可憐?」
フ:「燈志郎くん、ちょっと黙っててくれません? ――記憶を失い、追いつめられたフリッカは、兄の形見の拳銃と技を手に戦いを決意します!」
燈:「いや、そのお兄さんを探してうちに来たんだろう? 勝手に殺すなよ」
フ:「シルベスター流銃型(ガン=カタ)は狙った的を外さない。悪辣非道な魔法使いを撃ち抜けフリッカ!」
燈:「さりげなく俺の台詞を盗むな」
フ:「そんなガンアクション巨編『東京異界のバリスタ』は12月12日発売になります。買ってくれたお客さまには、もれなく私が珈琲をサービスしちゃいますからね?」
燈:「嘘予告な上にそれをやったら店が潰れるから。……本当のあらすじは
こちら(Amazonさんですがあらすじ載っております)をご覧ください」
ため息を漏らす燈志郎とフリッカはペコリと頭を下げる。
燈&フ:「「それではGA文庫さまより12月15日刊行予定『東京異界のバリスタ』を、よろしくお願いします!」」
カメラがズームアウトし、飴色の扉が閉まり『開店中』の看板が揺れる。END